2010年04月10日

混沌

民主党政権になってから、政治的な話題がテレビで報道されることも多く、
インターネット上でも、政治的な話題に触れる機会が増えた。
【あまり、良い話は聞かない・・・】

デフレ宣言が出されたが、景気は上向きらしい。
【デフレは思いっきり実感できるが、景気の上向きは、実感できない・・・】

学校も、新指導要領の施行が近づいてきた。
【授業時間数の足りなさだけを、ひしひしと感じる・・・
メイのクラスは、2年生の国語が、最後まで終わらなかった。
かろうじて、漢字だけ、こなすことができたようだ。】

言い知れない不安だけが、ひしひしと襲ってくる感じだ。
目を背けようとしても、背けられず、見てしまい知ってしまって、
また、不安に陥る自分がいる。

学歴の高さだけでは、生きていけない世の中になるのだろうが、
かと言って、様々な経験をさせるための場所も、お金も、あまりない。
格差は、所得だけでなく、意識の面、情報収集の面でも起きてくるだろう。
何をどうしたらBESTなのかが見えず、ただ、悩みつつ、日々を過ごしている。
だから、不安なのだと思う。

これからの時代、どうなっていくのか。
子供たちに、何をしてやればいいのか。
私にできることは、何なのか、今日もまた、思い悩むのだろう。

2009年08月05日

今年の夏の衝撃・・・

まだ、子どもたちの夏休みも半分。
天気が芳しくないのが難点だが、子どもたちは、毎日楽しく遊んでいる。

でも、今年の夏休みには、いつもと違ったことがある。
子どもたちは1つの衝撃を、私は2つの衝撃を受けた。


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2008年11月16日

簡単に稼げる方法なんてない

この間、深夜番組で、『高額バイト』をやっていた。
もしかすると、見た人もいるのではないかと思う。
内容は、3つほどあったのだが、そのうちのひとつが、
自宅でできるものだった。
番組で取り上げていたのは、3人の子どものいる主婦が、
自宅で、毎日1時間くらいの作業時間で、
月に10万円稼いでいるというものだった。
その方が、実際に10万円もらった明細も放送されていた。
そして、彼女が仕事をもらっている会社名も放送された。
番組に出ていた主婦が仕事をもらっている会社の社長が言うには、
専業でやっている人なら、
30万以上稼いでいる人もいるということだった。

ジンが幼稚園に入園することになった私は、
もちろん、心が動いた。
パートに出て、働くことが嫌なわけではないが、
幼稚園の行事や体調不良などで、休みや早退をすることを考えれば、
自宅で、パート並みの収入がもらえる仕事があれば、
それに超したことはない。
きっと、幼稚園に子どもを預けている母親なら、皆そう思うだろう。

番組を見た次の日の夜、番組の中で見た会社名を検索してみた。
すると、簡単に稼げるわけではないと感じた。
作った作品を、完全出来高制で買い上げてもらう形のものだった。
だが、採用不採用の目安も書いてあった。
まだまだ、『月10万円』を諦められなかった私は、
ちょっとチャレンジしてみようと思った。
要するに、採用不採用の目安になる作品を作ってみようと思ったわけだ。

1日で、撃沈した。

もちろん、コツもあるのだろうが、
私が、あまり興味のないものだったせいか、
何度やっても、完成までたどり着けず、
結局、未完成のままのものが、放置されている。
ちなみに、紙とペンがあれば出来るので、
初期費用はかかっていないのが、救いだ。

再度、この会社のブログにアクセスしてみると、
番組に登場した主婦は、やはり、それなりの人であることがわかった。
番組後、ものすごい数の問い合わせがあったようで、
『簡単に稼げる仕事ではない』
『お金をもらえるような作品ができるまでに、何ヶ月もかかる』と
追記されていた。

やっぱり、普通の人が、簡単に稼げる方法なんて、
そうそう転がっているわけがないのだ。
目の前のことを、きちんとやっていくほうが、
コツコツ稼げるに違いないのだ。

今、もらっている仕事を、がんばろう・・・・
大したお金には、ならないんだけど。

2008年09月03日

夫の退職・・・

メイが入学した頃からだろうか、
夫の仕事に対する熱意が感じられなくなってきていた。
本人は、何も言わないので、私から聞くこともなかったのだが、
突然、「仕事を辞めたい」と言い出した。
転勤になってから、昼夜なく働いてきたので、
その疲れかな〜〜とも思ったのだが、夫は至って真剣。
前にもちょこっと書いたが、夫が転勤になってくる前、
今働いている店舗は、問題があった店舗だった。
その建て直しをする一員として、転勤になり、
問題は、落ち着いたかに思えたが、根は深かったようだ。
上司にあたる人が、とても細かく、末端の社員のやり方まで、
いちいち口出ししてきて、その通りにしないと、
不機嫌になるといったようなことがあるということで、
私でも、「そんなんじゃあ、やる気なくなるよな」と思う。
以前の問題は、主に従業員のダラケが引き起こした問題だったのだが、
「やる気がなくなっちゃった原因は、上司か??」と勘ぐりたくもなる。
店舗の建て直しのためには、皆に気持ちよく働いてもらわないといけないと
考えていた夫は、上司の細かさの矢面に立っていたようだが、
とうとう、疲れ果ててしまったということらしい。

その上司というのは、社長のご子息で、
数年先には、社長のあとを継ぐことになっている。
いろいろ話し合ったようだが、業界の将来性とか、
いずれ社長になる上司の下で働き続けることとか、
考えた末に、辞めることになった。

夫は、5年前、兄を亡くしている。
義兄の葬儀の際には、義兄の同僚が「過労死みたいなものだ」と
コソコソ話をするくらい、苛酷な労働環境だったようなので、
義兄の年齢に近づいている今、
心身ともに疲れ果て、辞めたいと思っている夫を止めることはできない。

次の就職活動が出来るかというと、
現在の立場上、退職するまでは、難しく、
退職すれば、無職生活になる。
新しい仕事が見つかったとしても、給料は下がるし、
暮らしは大変になるだろう。
私がパートに出るにしても、メイは早く帰ってくるし、
ジンは、保育園と思っても、保育園の空きはないし・・・、
何よりも、夫婦共に土地勘がない。

2学期が始まったばかりで・・・とも思うが、
以前住んでいたあたりに、戻ることにした。
退職したいと聞いたときには、「夏休み中に言えよ」とも思ったのだが、
以前住んでいたところは、幸いにも2学期制で、10月から後期が始まる。
(2学期制では、前期・後期というらしい)
9月いっぱいでの退職ということなので、
10月の後期に間に合うように引っ越そうと思っている。
10月であっても、メイにしてみれば、友達がたくさんいる場所。
あまり不安はないかな・・・というのは、安心の一つだ。
ジンは、青空幼児村の入村は辞退し、
あわよくば保育園にと思っているが、
夏休み中の預かり保育をしている幼稚園でもいいので、
また、幼稚園探しをしなくてはならない。
(メイの行っていた幼稚園は、夏休み中の預かり保育がない)
ジンの幼稚園に関しては、もちろん、こだわりもある。
まぁ、土地勘があるので、幼稚園自体は絞れているのだが、
どうしたものか・・・・。

今後の生活、不安がないといえば、嘘になるが、
義兄のことを思えば、夫の命には代えられない。
まぁ、何とかなると思ってやっていくしかない。
う〜〜ん、なかなか大変だな・・・。

2008年08月31日

毎日、雨・・・・

リアルの友人も見ているので、とりあえず、ご報告。
最近の大雨、被害、我が家は無事です。
一時、庭が沼のようになっていたけれど、被害はなかった。

この大雨被害、関東よりも愛知県の方がひどいのだけど、
愛知県には、妹がいるので、あまり人事ではない。
何も連絡がないので(実家にも)、何事も起きていないのだろうと
勝手に推測している。
被害にあわれた方は、毎日、浸水している方もいるそうで、
心よりお見舞い申し上げます、としか言いようがない。

この大雨、本当にひどかった。
雷は、日付が変わる前辺りからひどくなり始め、
雨が収まってきた午前4時近くまで、花火のごとく、
ピカピカ、ゴロゴロ、ドカンドカンと絶え間ない大音量と光。
それにバチバチ、ゴォゴォと雨の音も加わり、時々停電も交え、
メイは起き出すし、ジンは寝ぼけつつも怖がるし、
散々な夜だった。

我が家の近くには、川が流れているのだが、
一応、1級河川で、家から徒歩3分くらいのところに、
国交省のテレメータが付いている。
テレメータと言うのは、無人の水位・雨量測定器だ。
時々、停電するので、携帯からテレメータの情報を見ていたのだが、
AM2:40〜2:50だったか、いきなり1m近く増水した時には、
「このまま雨が続いたら、あふれるだろうな」と
真剣に避難先を考えた。
あとから、国交省のHPでテレメータを見た時に、
この川は、底から道路まで、6mしかないことを知り、
本当に、ぞっとしたものだ。

そして、いろいろ調べてみたところ、
我が家は浸水時の対策も講じた方がいいことがわかった。
我が家の近くの1級河川は、昭和40年代後半から
治水を最優先にした工事を行ってきて、
川底も含めた3面コンクリートの川なのだが、
1時間に60mmの雨量に耐えられる設計なのだそうだ。
今回の雨、テレメータによると最大雨量は、1時間に67mm。
長く続かなかったからよかったものの、
今の愛知県のように降り続いたら、間違いなくあふれそうだ。

折りしも、今年の3月、我が家の側の川も含めた浸水想定が、
発表になっている。
それをみると、この川は、もちろん浸水想定区域があって、
我が家は、ぎりぎり浸水するかどうかという感じだ。
玄関側は浸水想定区域からギリギリ外れているのだが
庭側は浸水想定区域という、なんとも微妙な感じ。

それより驚いたのは、メイの通学路は、
ほとんど浸水想定区域。
ゲリラ雷雨は、いきなり、豪雨になる。
学校に行っている時間は、比較的長いので、
朝はよくとも、帰りが心配だ。
ゲリラ雷雨で危ないとなったら、
「迎えに来てくれ」「集団下校にする」とか連絡が来るのだろうが、
迎えに行くことになったら、学校付近は大混雑になるのだろうし、
(学校周辺の道は、ぎりぎり1車線の狭い道)
本当に心配だ。
小学校区の中で、浸水想定区域なのは、我が家の地区だけ。
今年は、ゲリラ雷雨での被害も多いが、
学校は、自分の校区の浸水想定区域を把握しているのだろうか。
何しろ、3月に発表になったばかりの浸水想定だから、不安は募る。

春になったら、ジンの方も心配だ。
青空幼児村は、外遊びの園。
しかも、行き先は毎日違う。
もちろん、先生方は、ゲリラ雷雨の対策など、
子どもの安全にかかわることだから、考えておられるのだろうが、
心配は、心配だ。
ゲリラ雷雨に限らず、地震もそうなのだが・・・。
毎日行き先が違うので、自宅はゲリラ雷雨にあっていても、
行き先は、ゲリラ雷雨にあっていないということも大いにありうる。

異常気象が続き、地震もいつ起こるかわからないとなると、
自分で判断し、身を守れるように、
早く大きくなって欲しいと、しみじみ思うのだ。
何かあった時、上の子と下の子が違う場所にいるというのは、
本当に大変なことなのだと思う。
春から2年間、メイとジンは昼間違う場所にいる。
我が家にとって、一番防災意識を高めなければならない時期かもしれない。

2008年07月13日

繋がっていく縁

引っ越してきて4ヶ月。
ふと、気が付いたのだが、普段の生活の中で話をする人って、
あまり、いない。
メイとジンと夫・・・くらいか。
個人的な接触がない、というわけではないのだが、
何かとお互いの都合もあって、メールを利用することが多く、
会って、何か世間話をするなんて、滅多にない。
何しろ、一番世間話をしているのが、
旧居でしていたボランティアの仲間なのだから、困ったものだ。

小学校ママも、パートに出ている人が多く、近所で会うこともない。
しかも、最近は、外に出るのもイヤになる暑さか、雨で、
日中、道を歩いている人も少ないくらいなのだから、仕方がない。

メイが生まれたばかりのころ、
やはり、個人的な接触がほとんどなく、
会話は夫ばかりで、『社会から取り残される』不安を大いに味わったが、
同じような状況にある今は、全く不安を感じないから不思議なものだ。
年を取り、育児も経験してきて、何か達観したのかというと
そうでもないと思うのだ。

達観したのではなく、こういう状況に【慣れた】のだと思う。
子どもが小さいうちは、やはり子どもが中心の生活で、
友達と会う約束をしても、熱を出したり、怪我をしてダメになったり、
電話をしても、なかなかうまく時間がかみ合わなかったりするので、
メールで会話することも増えてきたり、
周囲のママ友達が、パートに出始めたりしても、
自分は、まだジンが幼稚園に行っていないから、無理だったり、
『仕方がないんだ』と慣れるしかない状況を、数年過ごしてきた結果なのだと思う。

それに、今は、完全に『社会から取り残される』と不安になるほど、
人と関わっていないわけでもない。
未だに辞めないボランティアもそうだし、
こうして気の赴くまま書いているブログもそうだし、
最近始めた内職もそうだ。
どこかで繋がった縁で、励まされたり、背中を押してもらったり、
愚痴を聞いてもらったり、教えてもらったり・・・・
そんな些細なことが、
『社会から取り残される』不安を取り除いているのかもしれない。

メイは、7歳になった。
メイが生まれてから、もがいてきた時間は無駄じゃなかった。
もがいてきた時間の中で繋がった縁に、感謝!!

2008年07月03日

まさか役に立つとは・・・

ここ数日、義母が遊びに来ていた。
彼女は、ちょっと変わっている人で(私はそう思っている)、
私たち家族が現在住んでいる『東京』は、
自分の住んでいる『市』くらいしかないと感じていたらしい。
東京タワーとか、浅草とか、はたまた東京ディズニーランドとか、
冗談ではなく、『東京』に住んでいれば、どこからでも、
車で20分もあれば行けると思っていたようなのだ。
残念ながら、我が家は東京は東京でも、
義母が思っていたような『東京』には住んでいないので、
とても、残念だったようだ。

聞いてみたところ、実は、東京ディズニーランドに、
行ってみたかったのだそうだ。
夫は、義母が来るということで、2〜3日休みを取っていたため、
『最初からディズニーランドに行きたいと言えば、
ホテルを取ったりして、考えたのに・・・』と言うと、
『東京に住んでいるのに、泊りがけで行くの』と
とても驚いていた。

2年前、ディズニーランドに行った時、
『もう当分来たくない』と言っていた夫だが、
さすがに親には弱いようで、
『連れて行かないといけない』と感じているようだ。

まさか、2年前、つらつらと書いた記事が、自分の役に立つとは・・・

今度行く時には、目一杯遊びたいメイとジン、
雰囲気と人混みで、腰の引けそうな義母を連れて、
どのように効率よく回り、どこに泊まれば、
誰もがそこそこ満足するようにできるのか・・・
2年前の記事を読み返しながら、まさに難問だと感じている。

2008年06月07日

薬って効くな〜〜

私自身、あまり病院が好きではないので、滅多に病院には行かない。
ここ10年くらいを思い返しても、妊娠・出産の際の産婦人科と歯医者と子宮頸がん検診の婦人科くらいだ。

その上、8年前、メイを妊娠してから、市販薬すら滅多に使用していなかった。
使用していたものは、肩こりのためのサロンパスくらいか・・・

それが、ジンを出産後、女性の宿命ともいえる月経において、大きな変化があった。
月経前のイライラや頭痛である。
月経前症候群(PMS)かもしれないと、最近では自覚している。

『ちょっとイライラしているな』と思ったときは、なるべく、ゆったり構えるようにしたり、メイやジンを怒ってしまうときも、10数えて、一呼吸置くように心がけたりしているが、頭痛だけは、どうにもならない。
ただでさえ、イライラしているのに、絶え間なく襲う痛みが拍車をかける。

そこで、久々に鎮痛剤に手を伸ばした。
これは数ヶ月以上前の話だが、滅多に薬を服用しないせいか、よく効くのだ。
薬を飲んでから、すこしリラックスするようにしていると、瞬く間に痛みが引いていく。

『薬って、こんなに早く効き始めるものだっけ??』

しばらく薬を服用していなかったから、その効き目にはビックリする。
何度服用しても、慣れない。
飲んでいる鎮痛剤は、定番とも言えるくらい昔からあるもので、最近の新商品ではない。
最近の薬は、成分が変わったのか??
それとも、飲み慣れていないから、効くのか??

こんな話を、メイやジンの近況ついでに、実母に話したところ、とても恐ろしい言葉が返ってきた。
『そろそろ、体が更年期に向けて変わってきているんじゃないの??』

更年期!?
まだ、30代ですよ、一応・・・

実母曰く『私は同年代の人より、更年期が早かった』
確かに、今思えば、実母の更年期は40代前半にして始まっていたように思う。
『調子が悪い』を連発し始めたのが、その頃だ。

更年期と言っても、昨日までなんでもなくて、今日からいきなり更年期になるわけでもない。
少しづつ、ちょっとした変化を積み重ねて、更年期に向かっていくのだ。
近年、ストレスなどで、30代でも更年期になってしまう女性もいると聞く。
更年期のことについて書いてあるものを読んでも、自分の症状に当てはまるものがいくつかある。

ジンがまだ幼稚園入園前で、これからという時で、自分も若いつもりでいても、体は徐々に老化の症状を見せ始めているのかもしれない。
実際のところはどうかわからないが、いずれ、更年期は訪れるもの。
まだまだ冷静に考えられるうちに、更年期についての知識を深めておくのもいい。

2008年02月14日

メガネの修理

昨日、ジンが顔面に突撃してきて、メガネの鼻パッドの足(クリングスとかパッド足とか言うらしい)が曲がってしまったので、直そうと思って力を入れたら、折れてしまった。
さすがに「これは買い換えるしかないかな」と思ったが、いつもの眼鏡屋に持っていった。

昔はハードコンタクト派だったのだが、ジンを出産後、ハードコンタクトを入れていると目が痛くなるが、アレルギーっぽい感じがあるので、ソフトコンタクトはお勧めしないと言われたのと、ジンがメガネなしだと『メガネ、メガネ』とうるさいので、すっかり眼鏡派になってしまった。

私の行きつけの眼鏡屋は、ボランティアの本拠の近くにあり、駅から本拠に行くときには、必ず前を通る。
子どもがぶつかってきたりして、何かとフレームが歪むので、よくゆがみを直してもらいに行っているせいか、店に入っていくなり『今日はどうしました?』と聞かれたので、眼鏡を見せ『新しく・・・』と言いかけたところ、『一晩、時間を頂ければ、直せます』とのこと。
引っ越しで何かと物入りなので、大変助かった。

以前に耳に掛ける部分が根元の蝶番から折れたときは(ジンが寝ぼけて踏み潰した)、ほんの1時間ほどで直していただいたのだが、そのときに『ブリッジ(レンズとレンズの間)が折れても、場合によっては直せます』と言っていたので、ちょっと期待していたのだが、本当に助かった。
そう言えば、『眼鏡屋になるために、修行した』とか言っていたっけ。

メガネと言うと、最近はファッションの一部で、すぐに取り替える人が多いのかもしれない(私の夫も、この類)が、手入れをしてくれる人がいると、助かる人もいる。
引っ越しで失うものは、こんなところにもあるのだと、ちょっと寂しくなった。

眼鏡屋から戻って、自分の古い眼鏡を探していたところ、夫の昔の眼鏡を見つけた。
昔と言っても、3〜4年ほど前のものだと思う。
ブランド物の、いいフレームだ。
だが、歪みもあるし、鼻パッドは古くなっているし、耳に掛ける部分のセルも色褪せている。
夫に電話して聞いたら、『もう使わない』と言う。
時間ができたら、ボランティアの本拠に遊びに来つつ、ブランド物のフレームを手入れして、レンズも鼻パッドもセルも換えて、使えるように直してもらおうかななどと思っている。


2007年07月01日

善良なる小市民の憂鬱

先日、メイが幼稚園から、驚くほどの泥汚れと量の洗い物を持って帰ってきた。
子どもたちにおやつを食べさせながら、風呂場で、せっせと手洗いしていると、メイが「さっきから、誰か来ているよ」と教えてくれた。
水音で気づかなかったようだ。

あわてて、手を洗い、出てみると、小柄なスーツ姿の男性。
マンションの販売か・・・と身構えると、ポケットから手帳を見せつつ、「○○警察の△△といいます」

ええ〜〜っ。聞き込み!!

目の前で初めて見た警察手帳に感心し、刑事さんのお名前は、頭を素通り。
そして、思わず、自分のしたことを振り返ってしまったが、マンションの住民で、もうすでに引っ越してしまった方に関しての聞き込みだった。

どうやら、その方がここに住んでいるときに、尋ねてきた人を知らないかということのようだったが、何分、都会のマンションで、近所づきあいも少なく、その方が住んでいたことすら知らなかった。

私が答えるより、刑事さんが「こういう方なんですが、本当に住んでいませんでしたか」とか「これくらいの間なんですが・・・」と情報を教えてくれる始末。

私は全然心当たりがないが、夫はこの辺りで地域密着型の仕事をしているので、知ってるかもしれないと、刑事さんに了解を取り、夫に電話すると、夫は気になったようで、帰ってきた。

刑事さんが夫にも詳しい説明をして、夫もいろいろ質問していたが、
心当たりがない。

最後に、「その期間に、この女性を見ませんでしたか」と見せられた写真。
辺りを憚るように見廻した後、手帳で隠すようにして、ちょっと見せられた。
写真の女性に、心当たりはなかったが、何の重大事件なんだろうと興味が湧いてしまうような見せ方だった。

結局、私たちは、刑事さんが望んだ答えを何一つ答えることがなく、帰っていかれたが、仕事に戻った夫から、電話がかかってきた。
会社で、周囲の人間に、今の聞き込みの話をしたところ、刑事さんの言っていた、引っ越した元住民のことを知っている人がいたとのこと。
近くにお住まいの□□さんという名前で、とても特徴のある××という女優に似た方が、9ヶ月ほど新築のための仮住まいとして住んでおられたという。

あの刑事さんが、何の事件で、元住民の聞き込みに来たのかはわからない。
だが、あの時、刑事さんが欲しかったであろう答えの1つを、帰った後に手にしてしまった。
伝えたほうがいいのかなと思ったのだが、あの刑事さんの所属警察署もお名前も、はっきりとは覚えていない。
地元警察に電話したところ、「とてもありがたいことなのだが、警官も多いので、はっきり名前がわからないと調べようがない」と言われてしまった。

小心者の私は、元住民で、すぐ近所にお住まいの、とても特徴のある××という女優に似た□□さんが、何かの事件か事故に巻き込まれているらしいと知ってしまったが、得た情報を刑事さんに伝えることが出来ず、悩んでいる。
あの刑事さん、もう1度来てくれないかな〜〜。

2006年10月18日

子宮がん検診

このところ、現実でのお付き合いを、理由をつけてパスしていた。
いろいろなことが出来る精神状態ではなかったから・・・
このブログは現実に交流のある友達も見ているので、書こうかどうか迷ったが、書いておくべきかなと思い、書く事にする。

ふとしたきっかけで受けた子宮がん検診で、『再検査』になった。
子宮がん検診は、ジンを妊娠時に受けたきりなので、かれこれ2年以上受けていない。
ジンの妊娠時は、何ともなかった検診なので、今回もそのつもりだった。
だが、もらった結果には『Va再検査』の文字。
さらに、検査をした細胞検査士や医師の所見が書いてあり、不安を煽る。

検査を受けた産婦人科から紹介されたのが『県立がんセンター』
がんセンターというだけで、充分脅威だ。

これが10/3の話である。
ブログが10日ほど、滞っていたわけは、これが原因。
多少のショックと、自分自身の身体に何かが起こりつつある不安で、とにかく自分が告げられた現状を理解したいと、この2週間、毎日毎日調べまくり、経験者の方のHPに足を運んだ。

一般的に受ける子宮がん検診は、子宮の入口部分に限定されたがんを調べる『子宮頚がん』の細胞診というものである。
この細胞診で、再検査になったからと言って、がんになるわけではない。
(もちろん、がんが見つかる可能性はある)
検査結果のVaというのは、がんの前段階の、さらに前段階くらいの軽い異常を疑う状態である。(軽度異型性という)
軽度異型性は、免疫の働きで、正常に戻ることもある。
ただし、経過観察は必要である。
子宮頚がんというものは、ヒューマン(ヒト)・パピローマ・ウィルス(=HPV)のいくつかの種類に感染して起こるがんで、私の所見ではHPVに感染していると思われる症状が、細胞に出ていると書かれていた。

そして、10/10にがんセンターで再検査を受けた。
これは子宮の入口の細胞を切り取り、詳しく検査するもので、組織診という。
組織診の時には、酢酸をかけると患部が白くなる状態を利用して、婦人科医が病状の強そうなところをいくつか狙って切り取るので『狙い組織診』ともいう。

さらに待つこと1週間、10/17、再検査の結果が出た。
先に結果を言ってしまうと、組織診でも『軽度異型性』。
がんを防ぐための治療も、予防もなく、私の免疫の働きで正常に戻ることを願いつつ経過観察を続けることしか出来ません、普通に生活してくださいと言われた。

軽度異型性が正常に戻る可能性はおよそ90%と言われたが、普通の人よりもがんに近い状態であることには変わりない。
あまり気持ちのいいものではない。
しかも、経過観察中は、新たに生命保険や医療保険に加入することは出来ない。

『軽度異型性が、何年かこのまま変わらなかった場合、どうするのですか?』と聞いたところ、『何年も続くようならば、処置を考えます』との答え。
正に、ヘビの生殺し状態。
それなら、今やってくれないかな〜〜とも思ったが、顕微鏡で見なければわからないくらいの小さな所見で、がんになるかもしれないし、むしろならないかもしれない確率の高い現状では、何もしないことが生体的に一番負担のない方法であることは、理解できるので、さすがに『今のうちに何とかして欲しい』とは言えなかった。
だからと言って、HPV感染所見があるので、楽観もしてない。
楽観していて、のちのち『がん化しました』と言われたら、ショックだろうし・・・

このことを書く気になったのは、保険の新規加入が出来ないとわかったから。
私の保険には、婦人疾患の特約もないし、がんの特約もない。
健康には自信があったので、私のことが一番後回しになっていて、夫や子どもたちの保険は考えて、新たに加入したものの、自分の分は広告を見るたびに『子どもに手がかかるうちは、私が入院することになったら、子どもの面倒を見るだけでもお金の負担が増えるし、私の分も掛けておいた方がいいかな』なんて呑気に考えていたのだ。

子宮頚がんは、近年低年齢化していると言われている。
ごく初期のがんまで保証してくれるがん保険は、年を取ってから入るものではなく、若いうちに入っておくものなんだな、というのが実感だ。
実際、がんセンターの婦人科には30代と見られる方が多くいた。

無論、がん検診は、毎年受けるべきだ。
子宮がんは、初期なら、生存率100%とも言われる。
子どものためを思うなら、毎年、子宮がん検診を受けましょう。

何でも経験したい、知りたいと思ってきたけど、さすがに『がん』だけは勘弁して欲しかったな。
まぁ、なってしまったものを嘆いても仕方ないので、今のうちに見つかってよかったと思うことにしよう・・・

2006年02月28日

自分のやりたいことと育児のバランス

時々書いているのでご存知の方もいると思うが、私は子育て関係のボランティアをしている。
メイが1歳半くらいの時に誘われて、ついつい始めてしまったボランティアだが、今は当初やっていたボランティアの関連で、さらに別の子育て関連ボランティアもしているので、年度末は結構忙しい。

子育てや何かをやっている人が集まっているのがボランティアなわけで、忙しくなる原因は、やっぱり何に重点を置くかということにあると思う。
誰でも、(こういっては不謹慎だが)ボランティアよりも子育てや家庭など自分の基盤を重視するわけで、ボランティアのことは後回しになりがちな傾向がある。
今、私が忙しくなっている原因も、私を含めたいろいろな人がいろいろなことを『まだ時間があるから』と後回しにしてきたため、年度末という区切りになって慌てている。

普段の年度末なら、自分が任されていることに関してだけ忙しくしていればいいのだが、今回はそうもいかない。

ボランティアでインターネットを接続することになり、ホームページも作成することになっていた。
元々の期限は2月中旬。
昨年秋に意見を聞かれ、「ADSL接続にするのがネットの速度と料金がバランス良くていいのではないか」と答えた。
ホームページ作成に関しては、業者にお願いすることになったので、大して心配はない。

だが、年が明けて現状を聞いてみたら、パソコンに詳しくない人が、訳もわからないまま、プロバイダーや回線事業者に、訳のわからない文句をいって滞っていた。

よくよく聞いてみたら、ボランティアの本拠の辺りは光収容されていて、収容替え工事が必要だった。
工事までは訳のわからないなりに順調だったのだが、今度はメタル回線の空きがないと言われ、ますます訳がわからなくなってしまったらしい。
この状態で、私に何とかしてくれと回ってきた。
それが2月初めのことだ。

何とかしてくれと言われたところで、メタル回線の空きがなければ、NTT自身の問題なので、プロバイダーを変えてもダメ、光・CATV・ISDN・ダイヤルアップのどれかに変えないと今すぐ接続は出来ないと説明し、どうしても今すぐ接続したいということなので、ADSLが繋がるまではダイヤルアップで繋がるとプロバイダーからの案内にあったので、その設定をしようとした。

ところが、今度はパソコンにアナログモデムが内蔵されていなかった。
外付けのアナログモデムを買うにはお金がかかる。
一時期だけ使うのに購入するのはもったいない。

そこで、CATVに申込みをした。
すると、ほんの100mの差でエリア外・・・というか敷線未完了地域に入っていた。

もう光しかない。
と思ったら、今度は壁に穴を開ける工事が必要(商業ビルなのでエアコンの穴は使えない)とのことでオーナーが渋り始めた。
私自身の感触としては、期限も過ぎていることだし、ISDNにするしかないのかなと思っている。

このドタバタのおかげで、私の頭の中からシュタイナーがすっかり抜け落ちてしまっている。
わかりやすく説明するために調べなおしたり、いろいろなプランや使用料金の比較を作ったり、かなりの時間を費やしてしまい、思考の向きがずれてしまったためだ。

ボランティアと育児。
全くの個人趣味であれば、育児を優先させ続けることが可能だけれど、他人が関わって来ることになると、どこかで限界線を引かなければならない。
普段は子どものことで活動に参加できないことがあって、『迷惑をかけるなあ』と思っても、それは自分の決めた限界線だから、それ以上は思わないのだが、ひとたび何か問題が起こると、限界線も何もあったものではない。
育児に重点を起きたいのは山々だが、自分でやりたいと始めたボランティアでの出来事を投げ出すわけにも行かない。

自分の性格の問題なのか、それとも一般的にあることなのかわからないが、ともかく今回のネット接続騒動で、私が得たものは物を突き詰めない時がすまない自分の性格を再認識したことと、少し豊富になったパソコンの知識と、『パソコン関係はお任せする』というボランティア内での評価。
来年度こそはパソコン関係で問題が起きないようにして欲しいと思っている。

これだけいろいろあったんだから、何か自分が楽しんでボランティアのパソコン関係をやりたいと思って、パソコン関係の問題が起きたほうとは別の子育て関係のボランティアのブログも書き始めた。
(パソコン関係の問題が起きた方は、いろいろ制約が厳しいので、書けない)
興味のある方は、ぜひごらんになっていただきたい。
コメントなどいただけると、スタッフが喜びます。
管理しているのは私だけど、ハンドルネームが違うので、ご注意を。


旭区子育て応援隊たんぽぽ(管理人名:ポポちゃん)
http://tanpopo-asahi.seesaa.net/

2006年01月16日

なんとも言えない焦燥感・・・

あまり人には聞けないことだけど、専業主婦で子育てをしているママ達は、自分の人生に対してとか、自分の生活に対してとか、『今のままでいいのかな』と言った感じの焦燥感を感じたりしないんだろうか?
何か行動に移さないといけないと思ってしまうような切実な焦燥感に駆られることはないのだろうか?

実は今、私はそんな焦燥感の真っ只中にいる。

原因はおそらく、クリスマスのプレゼント作りで子どもたちが寝た後ものんびりできなかったことと、年末年始実家に帰省して『心ゆくまでしゃべる』生活を満喫してしまったこと。
自分の時間が目一杯やらなければいけないことで満たされ、心に溜まるはずのものを吐き出すことができたため、普段の生活に戻りきれていないのだ。
一言で言えば、年末年始ボケが治っていない、ということだと思う。

つまり、今の私の状態は、のんびりするはずの時間を『何もしていない無意味な時間』と捉え、心行くまで話すことのできない状態を『ストレスになる』とネガティブに捉えているという事だ。

大抵こんな時は、何か新しいことをやりたくなる。
やりたくなるというか、『探しても』何かをしないといけないと思ってしまう。

今回の場合、子どもたちが寝たあと、ネットに向かっている間、毎日何かしらの調べ物をしていた。
それが『何かを作る』という方向に向かって行ったときに、自分で気づいた。

――また、なんとも言えない焦燥感みたいなものに落ち込んでいる

気づいたところで、軌道修正できるような簡単なものではないし、今回が初めてではない。
『また』と書いたように、今まで何度も経験してきたことだ。

メイを産んだ後が一番ひどかったように思う。
出産2週間前まで仕事をしていたので、話す人は夫だけ、外出もままならないという生活にいきなり変化し、私はあっという間に焦燥感の虜になっていたと思う。
それが解消されたのは1年半後、ボランティア活動を始めてからだ。
その間に、夫にはいろいろ迷惑を掛けたし、彼自身、鬱々としている私に閉口していたのだと思う。
未だに、夫は私の行動には口をはさまない。

今回はたぶん、そのうちに収まると思う。
こんな時は、何も考えずに寝るのが一番なのだけれど、子供たちがいるとそうも行かない。
時薬が収めてくれることを待って、毎日をやり過ごすしかない。

さてさて、今回はいつ収まるのやら・・・
宛てのないネットサーフィンで、実行しない知識だけが溜まっていく日々である。

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