またまた、クリスマスプレゼントに悩まされるシーズンになった。
最近のメイは、空き箱で部屋を作り、紙を切り抜いたウサギで遊ぶといったドールハウスのような感じの遊びをしていた。
『そのうち(ドールハウスを)欲しがるだろうな』と思っていたら、その機会は案外早く、ジンに手を出され、『壊れない小さな部屋が欲しい』と言い出したので、クリスマスプレゼントにすることにした。
もちろん、メイが細かな指定をしたわけではないので、木製ドールハウスを考えていた。
ところが、メイが、友達の家に遊びに行ったところ、そのお宅にあった『シルバニア』に、心が傾いてしまった。
『木製ドールハウス』の予定が、『シルバニア』に変わってしまったわけだ。
私の許容できる範囲やメイが管理して遊べる範囲との擦り合わせは考える必要があるのだが、シルバニアを欲しがること事態に不満はない。
ただ、シルバニアのハウスを見ても、木製ドールハウスをみても、テーブルの上で遊ぶことを前提としたような奥行きのものが多く、床置きで遊ぶようなものは、あまりない。
木製ドールハウスは、柱と床しかないものもあるが、2階建てで、床置きでは、1階部分が使いにくそうだ。
『これなら』と思うようなものも見かけたが、我が家でおもちゃとして購入できるような金額ではなかった。
メイが遊びに行った友達のお母さんに聞いたところ(そこのお宅も、シルバニアハウスを床置きで遊んでいた)、『床において遊ぶと、奥まで使えないみたい』とおっしゃっていた。
省スペースで(賃貸だと大きなものは置けない)、床置きで遊べて、値段もお手軽なドールハウスはないのだろうか??
やっぱり、作るしかないのか??
メイに、『シルバニアの服は作ってね』と言われているので、クリスマスまでには、作れそうもないが、作るしかないのだろうか・・・
ちなみに、ジンのクリスマスプレゼントは、本人の希望とメイの希望(シルバニア家具を壊されたくないらしい)で、木製ドールハウスの家具と人形だ。
2007年11月30日
2007年11月15日
にじみ絵
天気のよい日は、庭に飛び出していってしまうメイとジンなので、滅多にできる遊びではないけれど、我が家でも、時々『にじみ絵』をやる。
にじみ絵と言えば、シュトックマー社の透明水彩絵の具が有名だが、我が家で使っているのは『マッチブライトカラー』
長野県のまっち絵の具製造という会社のもので、普通の不透明絵の具より若干高めかなくらいの金額で、お手ごろなものだ。
ブライトカラーよりもワンランク上のものでベーシックカラーというものもあり、ベーシックカラーなら、3原色セットもある。

紙も、最初は画用紙を使用していたが、一度描き始めると長々とやるため、画用紙をバンバン使うので、最近では、半紙と画用紙を半々くらいで使用している。
にじみ方も全然違うので、同じ構図を描いても違いがあって面白い。

【画用紙】

【半紙】
半紙を使うときは、2枚重ねで使うと、破れにくく、書きやすい。
また、同じものが2枚できるので、メイとしては、悩むことなくいろいろな用途(ままごとや飾り)に使えて喜んでいる。
そして、安価な半紙で味をしめた私は、次は何の紙に書いたら面白いかななどと、考えている。

【メイ作・画用紙】

【ジン作・半紙】
にじみ絵と言えば、シュトックマー社の透明水彩絵の具が有名だが、我が家で使っているのは『マッチブライトカラー』
長野県のまっち絵の具製造という会社のもので、普通の不透明絵の具より若干高めかなくらいの金額で、お手ごろなものだ。
ブライトカラーよりもワンランク上のものでベーシックカラーというものもあり、ベーシックカラーなら、3原色セットもある。
紙も、最初は画用紙を使用していたが、一度描き始めると長々とやるため、画用紙をバンバン使うので、最近では、半紙と画用紙を半々くらいで使用している。
にじみ方も全然違うので、同じ構図を描いても違いがあって面白い。
【画用紙】
【半紙】
半紙を使うときは、2枚重ねで使うと、破れにくく、書きやすい。
また、同じものが2枚できるので、メイとしては、悩むことなくいろいろな用途(ままごとや飾り)に使えて喜んでいる。
そして、安価な半紙で味をしめた私は、次は何の紙に書いたら面白いかななどと、考えている。
【メイ作・画用紙】
【ジン作・半紙】
2007年11月12日
NPO設立に思う−4
私が自分の後継者に引継ぎをしつつ、新たに考える必要が出てきた問題。
――――――それは、法律関連だ。
NPO法人となり、法人として社会に認められるようになり、さらに法人税を支払うようになると(NPO法人の全てが払っているわけではなく、一定の条件に当てはまると法人税の支払義務が生じる。私の所属する団体は、条件に当てはまっているので、法人税の支払義務が生ずると税務署より回答を得た)、様々な法律の遵守が求められる。
人が普通に生活するうえでも、法律の遵守が求められるが、それは社会常識に照らして、普通に生活していれば、法律違反をするものではないが、法人の場合、一般生活とは異なった法人税法とか商法とか労働法とかの遵守が必要になる。
これは、専門にしていなければ、調べなければ、わからないようなことだ。
これまた、運がいいのか悪いのか、私は結婚前、法律を扱う事務職をしていたことがあり、基本的なことなら理解できる。
まぁ、『これは法律に抵触するかもしれない』とか『これは、何かの公的な決まりがあるかもしれない』くらいしか、今となっては通用しない知識だが、知っているのと知らないのでは、まったく違う。
主に抵触するのは何かというと、やはりお金の運用に関してだ。
法人税法だけでなく、それに伴う『通達』とか『省令』とかあり、NPO設立認証のための予算を立てているだけで、右を見ても左を見ても、法律に突き当たる感じだ。
もちろん、先に書いた『雇用』問題でも、労働法という壁がある。
『見えない問題を考えて解決しようと努めるよりも、手遅れかもしれないが、問題に直面して体感しながら、解決していくほうが、知らないことわからないことの解決方法として、理解しやすい。』と覚悟しても、設立前に明らかにしておかなければならない法律問題もある。
それは、所得税のことだったり、法人税のことだったり・・・
知識のある人から見れば、大したことのない話でも、知識のない人にしてみれば、チンプンカンプンな話だ。
つい昨日、話していたのは登記の話だった。
やはりこれも、設立前にきちんと定款で決められるところは決めておいたほうがいいのだが、理解してもらえたのかどうか、定かではない。
私が一番心配しているのは、『適当で大丈夫』という感覚だ。
雇用のときもそうだったが、『プラスチックゴミに、生ゴミが混じったけど、持って行ってくれるから分別しなくていいや』くらいの感覚で、NPO法人運営を考えているから危ない。
世の中には、そんな軽微なことで罰金をとられたNPO法人、事業縮小を余儀なくされたNPO法人もあるというのに、そんな話をしても、まるで他人事だ。
NPO法人は、何でも身内で納得できればOKであった任意団体とは違う。
法律で守られ、認められた団体になるためだとわかっていても、法律を遵守できない考えは、どこから起こってくるのか。
法律事務で、そこそこ染まってしまった私には、理解できない。
近々、今後起こってくる登記のことについてレクチャーしてもらいたいとの依頼を受けて、行ってくるが、さて、どこまで必要性を感じてもらえるだろうか・・・・
無意味なことをさせ、それをやらせた本人に知らしめるというのは、古今東西、罰として用いられた例だというが(例えば、穴を掘らせて、それを埋め戻させるような罰)、今、私がしていることは、これに結構近い。
『これは法律で決められていることだから、決めておいたほうがいいですよ』と言って、『じゃあ、素案を作っておいて』と返され、作った素案はどうなるかというと、『いいよ、そんな堅苦しいこと決めなくても』と無に戻される。
これの繰り返しだ。
それでも、何かがあったときに、『廃案』にされたものが役に立つと信じて、やっている。
ボランティアの事務方なんて、『鈍感力』がなければやっていられないと思う。
――――――それは、法律関連だ。
NPO法人となり、法人として社会に認められるようになり、さらに法人税を支払うようになると(NPO法人の全てが払っているわけではなく、一定の条件に当てはまると法人税の支払義務が生じる。私の所属する団体は、条件に当てはまっているので、法人税の支払義務が生ずると税務署より回答を得た)、様々な法律の遵守が求められる。
人が普通に生活するうえでも、法律の遵守が求められるが、それは社会常識に照らして、普通に生活していれば、法律違反をするものではないが、法人の場合、一般生活とは異なった法人税法とか商法とか労働法とかの遵守が必要になる。
これは、専門にしていなければ、調べなければ、わからないようなことだ。
これまた、運がいいのか悪いのか、私は結婚前、法律を扱う事務職をしていたことがあり、基本的なことなら理解できる。
まぁ、『これは法律に抵触するかもしれない』とか『これは、何かの公的な決まりがあるかもしれない』くらいしか、今となっては通用しない知識だが、知っているのと知らないのでは、まったく違う。
主に抵触するのは何かというと、やはりお金の運用に関してだ。
法人税法だけでなく、それに伴う『通達』とか『省令』とかあり、NPO設立認証のための予算を立てているだけで、右を見ても左を見ても、法律に突き当たる感じだ。
もちろん、先に書いた『雇用』問題でも、労働法という壁がある。
『見えない問題を考えて解決しようと努めるよりも、手遅れかもしれないが、問題に直面して体感しながら、解決していくほうが、知らないことわからないことの解決方法として、理解しやすい。』と覚悟しても、設立前に明らかにしておかなければならない法律問題もある。
それは、所得税のことだったり、法人税のことだったり・・・
知識のある人から見れば、大したことのない話でも、知識のない人にしてみれば、チンプンカンプンな話だ。
つい昨日、話していたのは登記の話だった。
やはりこれも、設立前にきちんと定款で決められるところは決めておいたほうがいいのだが、理解してもらえたのかどうか、定かではない。
私が一番心配しているのは、『適当で大丈夫』という感覚だ。
雇用のときもそうだったが、『プラスチックゴミに、生ゴミが混じったけど、持って行ってくれるから分別しなくていいや』くらいの感覚で、NPO法人運営を考えているから危ない。
世の中には、そんな軽微なことで罰金をとられたNPO法人、事業縮小を余儀なくされたNPO法人もあるというのに、そんな話をしても、まるで他人事だ。
NPO法人は、何でも身内で納得できればOKであった任意団体とは違う。
法律で守られ、認められた団体になるためだとわかっていても、法律を遵守できない考えは、どこから起こってくるのか。
法律事務で、そこそこ染まってしまった私には、理解できない。
近々、今後起こってくる登記のことについてレクチャーしてもらいたいとの依頼を受けて、行ってくるが、さて、どこまで必要性を感じてもらえるだろうか・・・・
無意味なことをさせ、それをやらせた本人に知らしめるというのは、古今東西、罰として用いられた例だというが(例えば、穴を掘らせて、それを埋め戻させるような罰)、今、私がしていることは、これに結構近い。
『これは法律で決められていることだから、決めておいたほうがいいですよ』と言って、『じゃあ、素案を作っておいて』と返され、作った素案はどうなるかというと、『いいよ、そんな堅苦しいこと決めなくても』と無に戻される。
これの繰り返しだ。
それでも、何かがあったときに、『廃案』にされたものが役に立つと信じて、やっている。
ボランティアの事務方なんて、『鈍感力』がなければやっていられないと思う。
2007年11月04日
シンプルに暮らす
このところ、引っ越しに向けて、物の処分が、急速に進んでいる。
夫が使っていた6畳間など、すでに新居に運ばれたものがほとんどで、今残っているものは、夫の漫画とフォーマルスーツなどで、後はゴミばかり。
だからといって、すっからかんの部屋なのかというと、これがまた、ぐちゃぐちゃといろいろなものが散乱しているのだ。
そう・・・ほとんど、ゴミ。
新居は、収納が少ない分、今まで未練たらしく残しておいた使わないものを、この際処分しようと整理すると、『ゴミ部屋』のようになる。
特に多いのが、衣類のゴミ。
子どもたちの分で、誰かに譲ったり、リサイクル店に持ち込んだり、オークションに出したりした後、どうしても行き場のない衣類がゴミになるのは仕方がない。
ゴミとは言っても、成長に伴う必要悪だ。
あきれるくらい出るのが、私たち夫婦の『諦め切れなかった衣類』。
大半が、『いつか着る機会がある』と思って取っておいたけれど、今では、もう年齢的に着られないとか、『まだ、捨てるにはもったいない』と思って取っておいたけれど、気に入っているというほどではないから、結局着ないとか・・。
我が家は3年前にも引っ越しをしているが、そのときは、大して物の処分をしていないので、溜まっているだけなのかもしれないが、それにしても、この処分衣類の多さは目に余る。
夫婦とも衣類には無頓着で、流行に合わないから捨てるというものはないのに、この始末なのだから、こだわる人など、もっとすごいのだろう。
キッチンも、新居は収納スペースが少ないのと、今収納に使っているカラーボックスが、板のたわみが見られ始めたので、新たに小さめのキッチンカウンターを購入した。
キッチンカウンターに収納するのは、カラーボックスに入っていたものと吊り戸棚にくっついている吊り棚に乗せてあるもの。
これまた、処分するものが、どんどん出る。
結局、シンプルに暮らすといっても、思っているよりもシンプルでないものらしい。
先日、新居に4泊してきた。
最低限のものしかない。
台所道具といっても、包丁とまな板とお玉、鍋とフライパンがひとつづつ。
お皿だって、小皿が4枚、大きめで深みのある皿が4枚、お椀が4個、箸4膳とスプーン・フォークが1本づつ。
子どもたちのおもちゃも、メイが背負っていったリュックひとつ分だけ。
洋服も、私が背負っていたリュックひとつ分+着ていったものだけ。
タオル類は、夫が持っていったものを使った。
ここに書き上げられるだけのものしかなくても、充分普通に生活できた。
難を言えば、炊飯器がなくて不便するくらいだろうか。
今、日本中に物が溢れている。
そして、物も衣類も、流行り廃りがある。
もちろん、自分の好みも、生活スタイルも変わる。
悪いことなのではない。
子どもが生まれて変わったとか、必然的な変化もあるが、生活が安定しているからこそできる趣味嗜好の変化というものだ。
それらが『ゴミ』を産むということを認識して、初めから、ゴミにならないようなものを購入していくことが、これから先、環境にも優しい『シンプルに暮らす』なのだろう。
我が家は今回の引っ越しで、思い切って物を処分している。
これが、次の引っ越しで、また、処分するもが大量に出たら、シンプルには暮らせていないということにもなる。
どんなものでも、『もう使えない』という状態になるまで使えるように、吟味して物を買わなければいけないなと思う。
夫が使っていた6畳間など、すでに新居に運ばれたものがほとんどで、今残っているものは、夫の漫画とフォーマルスーツなどで、後はゴミばかり。
だからといって、すっからかんの部屋なのかというと、これがまた、ぐちゃぐちゃといろいろなものが散乱しているのだ。
そう・・・ほとんど、ゴミ。
新居は、収納が少ない分、今まで未練たらしく残しておいた使わないものを、この際処分しようと整理すると、『ゴミ部屋』のようになる。
特に多いのが、衣類のゴミ。
子どもたちの分で、誰かに譲ったり、リサイクル店に持ち込んだり、オークションに出したりした後、どうしても行き場のない衣類がゴミになるのは仕方がない。
ゴミとは言っても、成長に伴う必要悪だ。
あきれるくらい出るのが、私たち夫婦の『諦め切れなかった衣類』。
大半が、『いつか着る機会がある』と思って取っておいたけれど、今では、もう年齢的に着られないとか、『まだ、捨てるにはもったいない』と思って取っておいたけれど、気に入っているというほどではないから、結局着ないとか・・。
我が家は3年前にも引っ越しをしているが、そのときは、大して物の処分をしていないので、溜まっているだけなのかもしれないが、それにしても、この処分衣類の多さは目に余る。
夫婦とも衣類には無頓着で、流行に合わないから捨てるというものはないのに、この始末なのだから、こだわる人など、もっとすごいのだろう。
キッチンも、新居は収納スペースが少ないのと、今収納に使っているカラーボックスが、板のたわみが見られ始めたので、新たに小さめのキッチンカウンターを購入した。
キッチンカウンターに収納するのは、カラーボックスに入っていたものと吊り戸棚にくっついている吊り棚に乗せてあるもの。
これまた、処分するものが、どんどん出る。
結局、シンプルに暮らすといっても、思っているよりもシンプルでないものらしい。
先日、新居に4泊してきた。
最低限のものしかない。
台所道具といっても、包丁とまな板とお玉、鍋とフライパンがひとつづつ。
お皿だって、小皿が4枚、大きめで深みのある皿が4枚、お椀が4個、箸4膳とスプーン・フォークが1本づつ。
子どもたちのおもちゃも、メイが背負っていったリュックひとつ分だけ。
洋服も、私が背負っていたリュックひとつ分+着ていったものだけ。
タオル類は、夫が持っていったものを使った。
ここに書き上げられるだけのものしかなくても、充分普通に生活できた。
難を言えば、炊飯器がなくて不便するくらいだろうか。
今、日本中に物が溢れている。
そして、物も衣類も、流行り廃りがある。
もちろん、自分の好みも、生活スタイルも変わる。
悪いことなのではない。
子どもが生まれて変わったとか、必然的な変化もあるが、生活が安定しているからこそできる趣味嗜好の変化というものだ。
それらが『ゴミ』を産むということを認識して、初めから、ゴミにならないようなものを購入していくことが、これから先、環境にも優しい『シンプルに暮らす』なのだろう。
我が家は今回の引っ越しで、思い切って物を処分している。
これが、次の引っ越しで、また、処分するもが大量に出たら、シンプルには暮らせていないということにもなる。
どんなものでも、『もう使えない』という状態になるまで使えるように、吟味して物を買わなければいけないなと思う。

