【このカテゴリは、私個人の覚書&愚痴です
読み飛ばしていただいてかまいません】
前回の記事から、個人的な引っ越しが決まったりと、大きな動きがあったため、話が少し飛んでしまうが、それは、お許しいただきたい。
前回までの記事にも書いた『有償ボランティアに対する謝金』のことだが、私が得た知識だけで判断したのではない。
NPO法人は、経理的に弱い団体が多く、無料で簡単な相談に乗ってくれる有志機関やボランティアセンターがある。
そこに、相談した上で、当団体の支払い方法では『労働者に対する給与とみなされるのが一般的』という専門家からの回答を得た上で、実費精算制か、最低賃金を満たした謝金への変更を促してきたわけだ。
ちなみに、労働者に対する給与とみなされると、源泉税がかかるし、労災保険・雇用保険・社会保険の対象になる。
まぁ、労災保険以外は、対象になるほどの金額を出しているわけではないが・・・・
いずれにしても、自分たちで判断がつきかねる問題であることは確かで、労働基準監督署と税務署に相談に行った。
労働基準監督署
『ボランティアに対する謝金の支払いに関しては、助成金・委託金を提供している団体が認めていれば、支払うことが可能であると考えられ、ボランティアである以上、労働基準監督署の関与するところではない』
要するに、ボランティアが、実質の労働者(給与所得者)であるかどうかの労働者性の判断はしない、ということだ。
そして、税務署
『ボランティアに対する謝金が、給与であるか、実費精算に基づくものであるかにかかわらず、源泉徴収が必要である場合に、きちんと源泉徴収してくれれば、税務署としては、問題ない』
こちらも、税金を収めるケースがきちんと納税されれば、労働者性の判断はしない、ということだ。
どんな名目の所得であろうが、税金を納めてくれればいいと言うようにも取れる。
これって変だよな、と私は感じる。
ボランティアに限らず、一般の会社でも、労働環境が悪いとか、最低賃金を満たしていないとか、新聞に載ったりすることもある話だ。
問題にならなければ、声をあげる人がいなければ、行政は労働者の環境改善に関与してくれないということなのだろう。
上記のような回答を得たため、結局は、『謝金は現行通り、源泉税の徴収対象となる場合には、源泉税を徴収する』という結果になった。
運営サイドには、『変わらない』ことが実践できそうで、一安心の結果だろう。
だが、綱渡りであることには、間違いない。
どこかで、誰かが声を上げれば、簡単にひっくり返る状態なのだ。
つい昨年、近隣の類似したNPO法人が、軽微な労働法違反で、一部の事業から撤退することを余儀なくされた事態を耳にしているので、不安が拭いきれないわけではない。
私が、矛を収めたのは、この夏に転勤となった夫の事情があることは否めない。
当面は、単身赴任であるが、春には、家族で赴任地に引っ越す。
もう、表立って、この団体には関われない。
なぜなら、団体の会員の条件として、『顔の見える活動にするため、いずれかの事業部、もしくは管理部に所属し、活動すること』という条件があるためだ。
事業部か管理部に所属するということは、本来の事業だけではなく、裏方的な仕事も割り振られるということで、もちろん、会議などもある。
遠隔地に居住する者が、気まぐれに参加できる活動ではない。
そのため、理事への就任要請も断った。
もう、必死になってやる必要はないと感じているわけだ。
それに、もうひとつ、感じたことがある。
『NPOになるんだ』という熱意と期待を持ったまま、水面下で問題を抱えたNPO法人になったほうが、幸せなのではないかということ。
理解しよう、調べよう思う人だけが、一生懸命になって、ひとつでも問題の少ないNPO法人を設立したとしても、『わからない、知らない』会員にとっては、それまでの経緯で意欲をなくし、不安を感じるだけで、益にはならない。
『わからない、知らない』を連発する状況は変わらないどころか、『何が起こるかわからないから、辞めてしまおう』にもなりかねない。
見えない問題を考えて解決しようと努めるよりも、手遅れかもしれないが、問題に直面して体感しながら、解決していくほうが、知らないことわからないことの解決方法として、理解しやすい。
要するに、子育てと同じだ。
育児書を読んで、これからの成長過程のどこかに不安を感じて戸惑ったとしても、実際に不安を感じた成長過程に直面すると、現象は目の前にあるから、何とか解決し、乗り越えていける。
おそらく、営利法人では、目の前の現象を解決して進むような経営では、成り立っていかない。
だが、NPO法人では成り立っていくようだ。
幸い、当団体の事務局長は、目の前の問題を解決するための方法を考え出す能力もあるし、1年先くらいなら、予測を立てて行動する能力もある。
理事長は、実現力に乏しいところがあるが、壮大な夢を語ることの出来る人で、人徳とでも言うのだろうか、その夢が少しづつ叶えられてしまうような人だ。
そして、副理事長2人は、情報収集には疎いが、思いのほか冷静な目で、状況判断をする。
うまくかみ合っているといえば、うまくかみ合っている。
こじんまりと、目の前と少し先の現象を解決して進んでいくには、何の支障もないだろう。
危機管理能力と、情報収集力に欠けるのが難点といえば難点か。
もう、今までのように必死になってやるよりも、自分の後継者を至急に育てるほうが先決であるというのに、問題は待ったなしで、次から次へと起こってくる。
2007年09月16日
2007年09月12日
異次元のような庭
今年の夏は、暑かった。
・・・が、メイもジンも、毎日、日中から庭で遊んでいたが、今年の庭は『ここは住宅街か!?』と思うような感じだった。
まず、昆虫。
やけに巨大化した昆虫たちが、闊歩していた。
バッタも、ご覧のような大きさ。
ホースの水道接続部分くらいある。
これは、まだ小さいほうで、これより一回り大きなものも見かけた。
これくらい大きくなると、跳ぶ距離も長いし、羽音もする。
捕まえようとしても、こっちがドキドキするくらいだ。

写真は取れなかったが、メイの手のひらサイズなど超えそうなカマキリも出現。
バッタもそうだが、カマキリも、メイやジンが捕まえるには、大きくて、怖いらしい。
子どもたちは、近寄りもしないので、昆虫たちと子どもたちが、庭で住み分けしていた。
この夏、一番驚いたのは、鳥の巣。
毎日、木陰でプールをしていたので、メイが最初に気づいた。
私がメイに教えてもらったときは、この状態。

赤い丸のあたりに、尻尾が見えるのがお分かりいただけるだろうか。
しばらく、この状態で、時々、いなくなったりしていたが、8月下旬に、雛の鳴き声が聞こえ始め、親鳥がせわしなく出入りするようになった。
・・・と思ったら、数日後、一回り小さい鳥が、向かいの屋根に落ちていくのが見えた。

見ていると、しばらく屋根の上を歩いて、今度は巣のある木へ飛び移る。
巣のある枝よりも1段下の枝に飛び移ったからか、葉の間でおとなしくなってしまった。

親鳥が来て、えさを与えていたようだが、また、屋根へ飛び移ろうとした。
でも、屋根には届かず、家と家の間に、落ちた。

慌てて見に行くと、エアコンの室外機、家と家の間にある柵、窓のひさし・・・と飛び移って、また、屋根に戻った。
メイもジンも、『すごいね、すごいね』と大喜び。
毎日、庭で雛に会うのを楽しみにしていたが、8月最後に、暑さも和らぎ、天候が悪くなると、いなくなってしまった。
無事に巣立ってくれたのだと思いたい。
今年の夏は、暑さのあまり、外出も億劫になるほどだったが、昆虫たちや鳥たちのおかげで、メイも、ジンも楽しい毎日だったようだ。
子どもたちにとって、自然は身近にあるものだと感じてくれるといいと思う。
私がやっているボランティアの本拠から見えるアパートで、庭に『えさ台』を設置している家がある。
寒くなると、鳥が集まっているのが、窓から良く見える。
たぶん、気づいている人は少ない。
私以外の人が、鳥を見ているのを見たことがないからだ。
自然は遠くまで行かなくても、身近にある。
子どもが小さいうちは、自然体験がさせてあげられないと思うのではなく、身近な自然を感じるような体験を積めば、大きくなって親がさせたいと思う自然体験も、子どもは楽しく受け入れられるのではないかと思う。
・・・が、メイもジンも、毎日、日中から庭で遊んでいたが、今年の庭は『ここは住宅街か!?』と思うような感じだった。
まず、昆虫。
やけに巨大化した昆虫たちが、闊歩していた。
バッタも、ご覧のような大きさ。
ホースの水道接続部分くらいある。
これは、まだ小さいほうで、これより一回り大きなものも見かけた。
これくらい大きくなると、跳ぶ距離も長いし、羽音もする。
捕まえようとしても、こっちがドキドキするくらいだ。
写真は取れなかったが、メイの手のひらサイズなど超えそうなカマキリも出現。
バッタもそうだが、カマキリも、メイやジンが捕まえるには、大きくて、怖いらしい。
子どもたちは、近寄りもしないので、昆虫たちと子どもたちが、庭で住み分けしていた。
この夏、一番驚いたのは、鳥の巣。
毎日、木陰でプールをしていたので、メイが最初に気づいた。
私がメイに教えてもらったときは、この状態。
赤い丸のあたりに、尻尾が見えるのがお分かりいただけるだろうか。
しばらく、この状態で、時々、いなくなったりしていたが、8月下旬に、雛の鳴き声が聞こえ始め、親鳥がせわしなく出入りするようになった。
・・・と思ったら、数日後、一回り小さい鳥が、向かいの屋根に落ちていくのが見えた。
見ていると、しばらく屋根の上を歩いて、今度は巣のある木へ飛び移る。
巣のある枝よりも1段下の枝に飛び移ったからか、葉の間でおとなしくなってしまった。
親鳥が来て、えさを与えていたようだが、また、屋根へ飛び移ろうとした。
でも、屋根には届かず、家と家の間に、落ちた。
慌てて見に行くと、エアコンの室外機、家と家の間にある柵、窓のひさし・・・と飛び移って、また、屋根に戻った。
メイもジンも、『すごいね、すごいね』と大喜び。
毎日、庭で雛に会うのを楽しみにしていたが、8月最後に、暑さも和らぎ、天候が悪くなると、いなくなってしまった。
無事に巣立ってくれたのだと思いたい。
今年の夏は、暑さのあまり、外出も億劫になるほどだったが、昆虫たちや鳥たちのおかげで、メイも、ジンも楽しい毎日だったようだ。
子どもたちにとって、自然は身近にあるものだと感じてくれるといいと思う。
私がやっているボランティアの本拠から見えるアパートで、庭に『えさ台』を設置している家がある。
寒くなると、鳥が集まっているのが、窓から良く見える。
たぶん、気づいている人は少ない。
私以外の人が、鳥を見ているのを見たことがないからだ。
自然は遠くまで行かなくても、身近にある。
子どもが小さいうちは、自然体験がさせてあげられないと思うのではなく、身近な自然を感じるような体験を積めば、大きくなって親がさせたいと思う自然体験も、子どもは楽しく受け入れられるのではないかと思う。
2007年09月02日
現実は、突然、無慈悲になる〜非常食試食3〜
9月1日は、防災の日だった。
各地で、防災訓練が行われた。
関東大震災の起こった日ということで、防災の日となっているが、これだけ防災訓練が報道される日も、他になく、年に1度、防災のことを思い出すには、ちょうどいい日だ。
防災の日ということで、今日のおやつは、『パンの缶詰』の試食。
実家からの貰い物で、賞味期限が来年の春。
保存期間3年のものなので、保存2年半の代物だ。
外見はこんな感じ。
防災グッズの特設会場などで、見かけることも多いタイプの『パンの缶詰』だ。
缶の直径が10cm。
内容量は95g。

プルトップタイプではなく、缶切りで開けるタイプだが、小さな缶切りが付属している。
この缶切り、小さいこともあって、使い勝手はイマイチ。
快適とは言いがたいが、大人の力なら、普通に開けられる。
開けたところは、こんな感じ。

缶に「マフィンタイプ」と書かれていたように、見掛けは完全に大きなマフィン。
紙のカップをはずしたところは、こんな感じ。

断面はこんな感じ。

手にとって見ると、しっとり感があって、結構重い。
味はというと、かなり甘め。
近年、甘さ控えめのものが多いせいか、とても甘く感じる。
とてもとても食事ではない。
コーヒーの苦味が恋しくなるくらいだ。
手に取ったときのしっとり感に違わず、口の中に入れても、ぼそぼそする感じは、全くないが、ふんわりと溶けるような感じでもない。
う〜〜ん、なんと表現したらいいのか・・・
個別包装になったミニドーナツが、ちょっと軽い口当たりになったような感じだ。
甘さも、それに近いものがある。
たぶん、1個全部一人で食べたら、お腹には溜まりそうだ。
(甘いものが、あまり好きではない人に、1個全部食べろというのは、ちょっと拷問に近いかもしれない)
でも、子どもたちには、おやつとして大好評。
甘みも結構なものだし、食事としてよりも、間食やちょっと食べたい時に重宝しそうだ。
米食よりも、パン食がいいという人も多いだろう。
この甘みを主食にできるかどうかは、好みだろうが、パン食好きの人は、保存食の1つに加えておくのもいいかもしれない。
各地で、防災訓練が行われた。
関東大震災の起こった日ということで、防災の日となっているが、これだけ防災訓練が報道される日も、他になく、年に1度、防災のことを思い出すには、ちょうどいい日だ。
防災の日ということで、今日のおやつは、『パンの缶詰』の試食。
実家からの貰い物で、賞味期限が来年の春。
保存期間3年のものなので、保存2年半の代物だ。
外見はこんな感じ。
防災グッズの特設会場などで、見かけることも多いタイプの『パンの缶詰』だ。
缶の直径が10cm。
内容量は95g。
プルトップタイプではなく、缶切りで開けるタイプだが、小さな缶切りが付属している。
この缶切り、小さいこともあって、使い勝手はイマイチ。
快適とは言いがたいが、大人の力なら、普通に開けられる。
開けたところは、こんな感じ。
缶に「マフィンタイプ」と書かれていたように、見掛けは完全に大きなマフィン。
紙のカップをはずしたところは、こんな感じ。
断面はこんな感じ。
手にとって見ると、しっとり感があって、結構重い。
味はというと、かなり甘め。
近年、甘さ控えめのものが多いせいか、とても甘く感じる。
とてもとても食事ではない。
コーヒーの苦味が恋しくなるくらいだ。
手に取ったときのしっとり感に違わず、口の中に入れても、ぼそぼそする感じは、全くないが、ふんわりと溶けるような感じでもない。
う〜〜ん、なんと表現したらいいのか・・・
個別包装になったミニドーナツが、ちょっと軽い口当たりになったような感じだ。
甘さも、それに近いものがある。
たぶん、1個全部一人で食べたら、お腹には溜まりそうだ。
(甘いものが、あまり好きではない人に、1個全部食べろというのは、ちょっと拷問に近いかもしれない)
でも、子どもたちには、おやつとして大好評。
甘みも結構なものだし、食事としてよりも、間食やちょっと食べたい時に重宝しそうだ。
米食よりも、パン食がいいという人も多いだろう。
この甘みを主食にできるかどうかは、好みだろうが、パン食好きの人は、保存食の1つに加えておくのもいいかもしれない。

