きっと、『男の子にお人形!?』と驚かれた方もいると思う。
子どもの成長過程において、人形の存在は大きい。
あるときは妹や弟になり、あるときは友達になり、あるときは姉や兄になり・・・そして、あるときは赤ちゃんになったりもする。
世話をしてあげたり、ごっこ遊びの相手になったり、遊び相手としても、大活躍だ。
名前を付けて大切にすることによって、生まれてくる感情は子どもにとっても、大事な財産だと思う。
それに、人形は自ら動くことが出来ない。
遊びの中で、人形が担う役割を完全にするには、想像力が必要になる。
つまり、人形と遊ぶ時は、自然に想像力を働かせることになる。
これは、人間関係と似てはいないだろうか?
人形遊びが、想像力を養い、人間関係の疑似体験になるというのは、こういうことなのではないかと思う。
もちろん、男の子にとっても、その効用は例外ではない。
むしろ、小さいうちは、男の子のほうが人形を必要とするのではないかという気もする。
男の子は、時期が来ると、自動車や電車といったものに興味を示し始め、ままごと遊びやごっこ遊びを夢中になってやる時期が、女の子に比べて短い。
自動車や電車を大切にするのも、悪いことではないし、大切にしてもらいたいと思うが、人形を大切にするのとは、少し意味合いが異なると思う。
人形は子どもたちが大事に扱うことによって、周囲もそれに同調し、人形そのものが人格を持つかのように子どもの目に映る。
メイなど、幼稚園に入園したばかりの頃は自分が幼稚園に行っていない間、お気に入りの人形が泣くからと、毎朝、私に『人形の面倒を見て』と言って、幼稚園に行ったくらいだ。
いくら自動車や電車がお気に入りであっても、自動車や電車のことを思いやって、その気持ちが子どもの行動に影響するというパターンは、なかなかみられないと思う。
メイを見ていると、やはり人形の効用は大きいと感じるのだ。
今のところ、ジンには『エコドット人形』が生まれたときから一緒にいる。
生まれて自宅に帰ってきたその日から一緒に寝て、ねんねの時期は外出時にもジンと一緒にスリングへ。
肺炎で入院した時も、一緒に入院し、家族の誰よりもジンの側にいた。
だが、ジンの成長に伴い、物足りなくなってきたような感じが見られるので(彼はメイの人形を見ているせいか、エコドット人形を『人形』と認識しにくくなってきているらしい)、今回の人形作りを決めたというわけだ。
今回作る人形は、きっと短い期間しか、ジンの目にとまらないのだと思う。
それでも、彼の成長にとって、何らかの助けになってくれることと思う。

